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この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)
こうの 史代発売日:2009-04-28
登録ユーザー:2user
カテゴリ:本
双葉社
定価 ¥680
amazon価格¥680 中古価格 ¥247 から
配達:在庫あり。
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EXPOレビュー
こうの文代さん 渾身の作品。 戦時中昭和18年から21年を舞台にした素晴らしい漫画。 漫画が好きな人にはとにかく上・中・下そろえて読んでください。
amazonでのレビュー
レビュー数 29件すずの日常を描くことで、“戦争がある暮らし”を身近に感じる事ができる作品/ザ・テロル ★★★★★
こうのがそこで述べていること、書いていることには「戦争が終わってはるか後に生まれた私たち戦後世代が戦争というものをどう描くのか」という問題意識が一貫して感じられる。
昭和20年、軍都・呉市で生活する「すず」の日常を描いた物語、堂々完結です。
上・中巻はほのぼのとした日常のエピソードが多かったのですが、しかしこの下巻でそれも一変。
戦時中、しかも終戦間際ともなると戦火は激しさを増し、比較的平和だった呉市にも空襲が相次ぎ、穏やかな「すず」の心にも翳りが見え始めます。
そして、北條家にもとうとう犠牲者が……。
戦争が人の心をどう変えるのか、なぜ人は戦わなければならないのか?
理不尽な時代の中で、それでもたくましく生き続けるすず。
そしてついに迎える「昭和20年8月」。
終戦を伝えるラジオ放送を聴いたとき、すずの感情が爆発します。
それまで何が起きても、落ち込むことはあっても涙はこらえてきた彼女が、初めて見せる号泣。
この場面に、この物語の全てが集約されていると思います。私もしばらくページを開いたまま、見入ってしまいました。
読み終えてとにかく言えることは、「ありがとう」ということだけです。
この作品を見届けられてよかった。ひとりの読者として、この本をたくさんの方に手に取って頂きたいと願うばかりです。
広島の人間でも無く、戦時中の日本を知る世代でも無いのですが、
使われている広島弁のせいか、
当時の広島・呉の日常がとてもリアルに感じました。
広島のこと、原爆をメインにするのではなくて、
呉からの視点をメインにするということがとても新鮮で、
よりリアルに戦争や原爆について感じることが多かったように思います。
そうか、空襲は広島市内よりも呉なんだよね、
考えてみれば海軍の拠点が呉にあったんだから、襲撃するなら広島よりも呉だよね、
と、原爆のインパクトによって忘れがちなところに改めて気が付きました。
呉への空襲の救援活動に広島市内から人が駆けつけ、
そして原爆被害の救援にいち早く呉から救援が走り・・・
もちろん原爆の恐ろしさについて、当時は誰も知ることなく。
激しい空襲の中で、それでもお互いに助け合う人々。
戦争の中で、物資や人の移動や自由の制限やあらゆるところにある制約の中で、
それでも変わらず営まれる日常。
歴史の大きな渦の中、「第2次世界大戦」という世界の片隅で日常を生きるということは、
「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」という言葉を思い出します。
そういう人々を、上中下巻を通して筆者は丹念に描きます。
行間を読み、空間を読み、その絵の向こう側にある何事かを想像させる、
という点で、この漫画は本当に考えさせる本だと思いました。
文字だけ追っても見つからない大切なことを想像するために、
ぜひ時間をかけて読まれることをお勧めします。
私がTVでしか見たことのない戦争を、祖先は確かに経験している。
たまたま生き延びた命の末に、私がいる。
私の亡き祖父は、戦争に従軍した。小さな島で、連合軍に遭遇することなく終戦を迎えた。
それでも晩年は夢に魘され続けた。「上官殿が来る」と叫んだ。
私が中学生の時、男子生徒と下校しているところを、天気予報か何かの背景に使うと撮影された。
それを聞いた祖父は、「憲兵に捕まる」と本気で心配していた。
祖父は、戦争が人間を変えることを知っていた。
祖母も銃後で、食糧難が人間を変えることを知っていた。
平和になっても、有り余る食べ物を、他人に分け与えようと必死だった。
靖国問題が取り沙汰されるたびに思う。兵士以外の犠牲はどうなるのかと。
生き延びた人々の苦悩は、軽んじてもいいものなのかと。
戦火の下でも、人が生き、暮らしている。
戦争すら日常にして、ただひたすらに生きようとする人間がいる。
生きることは生き物の使命だ。その日常が平和の中で営まれることを、切に願う。





